JOY of LIFE!

タントラのカビールのブログ TantralifeJapan代表

コロナつぶやき

毎日世の中の“状況”が変わっていく。

 

過去にしがみついていると、凹むし。

 

未来に行ってしまったら裏切られる。

 

まさに今を生きている。

それもこの地球に住む全人類が同じ状況にいるというなかなか無い時代を今体験している。

 

この騒動は絶対に終わる。

 

でも何か政治上決着がつかないと終わらないのだろうな。

 

だからもう身を任せ。

 

毎日やれることをしよう。

 

仕事がな畔心配かもしれない。

仕事あっても仕事に行けばコロナに罹るかもしれない。

家にいたら楽チンでずっといたいかもしれない。

家にいるなんて苦痛でしかないかもしれない。

 

こんな風に延々と右へと左へと意見は触れるのだ。

 

種類は違えど恐怖は同じなんだよね。

 

今しばらく恐怖と向き合って生きていくしかない。

 

それに振り回されるか、眺められ続けれるか。

 

どちらにしても

 

今を生きていくしかできないのだという現実。

 

これに気づいているいないかで本当に変わってくると思う。

そんなコロナな時代だと思うよ。

 

気候もよくなっているのに、なぜ暗い話ばかりで嫌になるね。

 

でも堂々と踊れる日を勇気を持って待ちわびましょう。

 

ただの呟きでした。

 

みなさん今日も1日お元気で。

 

LOVE

より静かになっている

より静かになっていると思うのは気のせいかな

 

こういう時って(世のパニックや混乱や恐慌)の時って内に耳をすませると本当に静かなんだよね。

 

今世の中こんな感じで、呼吸できてない感じだもんね。

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さらには自らプラスティックバックに入りにいっちゃってる感じ。

 

なんなんだろう?

 

何を示唆しているんだろう?

 

このコロナウイルスは。。。

 

ちらほらあちこちで言われ始めているけど・・・内側へ向かう時だって。

今更?笑

 

どこへも攻めどころが無いこのウイルス問題だからそうならざるおえないのかもしれないな。

 

311の時は東電や政府だったけど、今回のは中国とも違うし、プリンセス号でもない、どこそこのコンサートでもない、ホットサウナでもない、悪いものはどこにもない。

 

かといってウイルス責めることもできない。

 

自分が悪いわけでも無い。

 

だからティッシュとか買って安心材料を揃えるのか?

 

そんなことより普段スピリチュアルやってる連中が閉口していやがる。

こんな時こそスピリチュアルパワーとやらでコロナを沈めやがれ。

ったく。平和な時にスピリチュアルなんて必要ねーんだほんとは。

緊急時にどう自分が動けてるかだ。それがスピリチュアリティと言うのでは無いのか?

 

 

すんません語気荒げました。

 

 

今は何をいっても右左の意見が同じ分量出る時期なのでね。

 

個人のブログで書くのがが一番です。

SNSなんかで書いた日にゃ余計で無駄な反対エネルギー食らってしまう。

 

 

そうそう、そんなことより静かになりましょう・・・でした。

 

このパニックで人間のマインドの通常使われている部分が使われていないじゃ無いかなんて適当なwことを思うわけです。

 

人々がより無意識領域に入っているというか・・・

 

だから意識的に意識を内に向けると静かなのだよね。

 

だからこんな時は呼吸をして呼吸の出入りを感じてみるととてもいい時間になる。

 

目を閉じて

 

深く息を吸って

 

深いところから吐いて

 

それを何度かやると

 

すぐ

 

静けさがやってくる

 

 

「こんな時こそ」って言葉は311の時に使い果たされた感があるから

 

「こういう時こそ」にしよ。大して変わらんけどw

 

目を閉じて”見”ましょうね。。。

 

良き日を。。。

 

LOVE

紀里谷和明という人

よくこの人自体しらないんだけどツイッターでいいこと言うのでフォローしている。

https://twitter.com/kazuaki_kiriya


比較ってなに?

一般的には宇多田ヒカルの元夫ということであろうか。

 

で、この人が最近投げた彼自身のワークショップのYoutubeがとてもよかったんだけど、今見たら削除されていた。

 

いいこと言うのでこちらをご紹介。

 

この人一見とても厳しいけど、こう言う考え方は必要です。断言。

 

多分時代は今内側へと向かっているのだろうな。

 

あと何年かで内なる世界が当たり前になると思う。

 

人間いつまでもバカはやっていられないと言うことだ。

 

 

 

 

食と抗菌

このコロナ問題に関係なさそうで大有りなのがかなぁなんて思ってて、それらを洗う洗剤や抗菌剤もやばいと思うわけです。

 

別にこれは学術的にどうとか、データがどうとかじゃなく直感なんだけど、それと何かわからない違和感もある。

 

やばい時代になったなって思ったのが何年も前だけど、今となってはもう殺菌消毒をしないとやばいということになってしまった。

 

もうこれはしばらく消毒殺菌の時代に入るんだろうな。

 

消毒殺菌なんてしたら逆に体を弱くし、気持ち悪くし、と思っていても、もはやそんなことを声高に言おうものなら日本のみならず全世界から総スカンを受けることとなる時代となってしまった。 

 

なんていうか術中にはまった感が否めない。

 

しかし、なんの術中かまだ見えてこない。

 

この辺が今回のコロナの違和感

 

 ここ数年いや十数年かけて人間という生き物は食から無意識になってしまった。

 

自分で作ったものや手作りが一番と思っている人が、それを感じとれる人が、コンビニの弁当なんて緊急事態の口さみしさを紛らわす一時的な措置程度じゃなきゃ食べれないはずなのに、多くの人たちはそれらを平気でランチにディナーにしている。

 

すぐ歩けば食べ物が手に入り、なおかつ莫大の量の品揃え。

 

それも何も考えずただ行けば空腹を補える。

 

食べたいものを食べなさいとよく昔の人は言ったけど、それはハレとケという考え方がベースにあってからこそだったのだろうけど、今や日常がハレになっているからその考え方ももう無意味。

 

今このどさくさでケに戻るのもいいんじゃない?

 

見直した方がいいんじゃない?

 

と思うけど、もう手遅れかもしれない。。。

 

なんて悲観的に思えてしまう。

 

ていうか何だろうこの違和感。。。

 

みなさまの「マインド」が平和でありますように。

 

 

 

あん(3/10までGyaoにて配信中)

河瀬直美作品「あん」がヤフーのギャオで無料動画を配信している。(3月10日まで)

https://gyao.yahoo.co.jp/p/00025/v12568/

 

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今このコロナ問題の時期とても沁みる映画である。

樹木希林の演技、人生、さらけ出しにはあっぱれである。

 

見事に老いるを演じ、見事に無垢を演じている。

 

差別はきっとなくならないだろうなって思う。

 

時代が変わり人が変われば差別がやってくる。

 

でも無意識からくるもの。

 

だからどうしようもない。

 

アジア人だからって、イタリア人だからってコロナにかかっているわけじゃないけど、我ら人類はひとくくりしようとする。

 

結局自分が”それ”と相対した時、その立場になった時、差別する側だろうと、される側だろうと、どう自分が動くか、見ものである。これを自己探求と呼ぶのだ。

 

決して風評に迷わされず、決して自分の奥底で聞こえる正しさを否定せず。

 

そんなことが「今」大事な気がする。だからこそ特別なことをせず「普通」にしてる。

ティッシュ買ったりせずさ、落ち着いていこうよ。

 

そんなことを垣間見れるとてもいい映画です。

 

是非ご覧あれ。

 

 

 

 

タントラ スピリッツ

性に関する記述があります。不快と思われる方はこの先は読まないでいいのですよ

 

性の話ではありません、タントラの話です。

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でも性のことを話さないと進まないので最初だけ性の話。

 

これは何度も書いているけど、そして何度も書かないといけないんだけど、タントラはどうしてもセックスという言葉を使うし、ずっといにしえの過去から使われて来て、それゆえか、以来ずっと世の中から叩かれ、批判されてきた。と同時にみんな、大げさに言って人類みんな少なからず関心と興味はあって、影からこっそり見ている状態が続いている。

 

 見てるだけじゃ死んじゃうよ。

 

どこでも、どの世界でも、モラルを口にする輩はたくさんいる、モラルばかり口にするそれこそがアンモラルであるというのは皮肉な事実であろう。

 

例えば、ここ日本では、春画展だなんてやると何十万という人がそれも真昼間っから(昼間でいいんだけども)行列をなすわけです。

ちなみにこの展覧会に行ったけど、行った日だけがそうだったとは思えないほど人が凄くて、しかも、ほとんどが中年以降の人たちでした。なんなんだ18歳未満入場禁止っていうライン引きは・・・ったく、せめて中学生くらいからは見せるべきだ。

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この国はすこーしだけリアルに欠けると、なんとなく公然的にOKになってしまうのである。

 

リアリティを選びますか?←ぜひお読みください♪

 

だからというか必然的というか、アニメというバーチャルファンタジーが普及したのもこういった国民性ありきなのだろうなんて思うわけです。

 

そしてこの国には風俗産業というものがある。

これも同様で、「風俗」という言葉は、諸外国からしたら、なんの言葉かわからないという巧み技を使い、れっきとしたセックスサービス産業がありとあらゆる街にある。

多分こんなにもあらゆる街にある国はそうそうないのではないか、恐らく世界一盛んな国であろう。

かといって性活力が世界一かと言うとそうでもないらしい・・・このアンバランスさよ・・・

 

いや、そんなはずはない。。。

 

調査機関が真の統計を取れないのか、国民が真を言わないのか、だ。

 

風俗と言えば何かを濁された感があるが、れっきとしたセックス産業である。しかも男目線である。

法律上ではあるひとつのポイントを超えて金銭授受があるなしで犯罪になるという、ヘンテコなガイドラインもヘンテコであるが、素人がやるとダメで国に届けるとOKというヘンテコも、事実そこに日に何千何万と言う人々が通い、それと同等にそこで”素人”が働くという、なんだかヘンテコなリアリティである。

 

しかし、個人的にはこの産業がなければこの国はもっと危うくなっているだろうと思うので、性産業自体には僕は賛同派です。

 

ということは日本の男性、というより男性社会に問題があるとも言えてしまうのだよな・・・・とほほ。

 

何が言いたいかと言うと、この国の人は性に多大なる関心を持っているにもかかわらず、知らぬ存ぜんで興味なさげに生きてしまっている。

 

タブーという檻のの中だからこそ楽しめるというヘンテコな性を営んでいる風に見えるのです。

 

 いいのです。良い悪いなく、個人の自由ですから。

 

じゃ内容はどうかというと大方クイックにインスタントことを済ましているようです。

 

多分ここに多くの何かが詰まっている気がするわけです。

 

じゃ長けりゃいいのかってことじゃない!

 

タントラをやっていると、質問が来ます。

「何時間もセックスするのですか?」

「毎日がタントリックなのですか?」

 

人はマインドで理解したいから聞くけれど、同時にマインドを理解していないから聞くのです。

 

答えはこうです。

「そういう日もあるでしょ?」

「毎日365日そうしていたいのですか?」

 

実践するが答えなんだけどね、そんなシンプルな答えはマインドは許さない。

 

だから必ず次には「じゃどうすれば?」が続きます。

 

それを実践していくことこそが答えに繋がる自己探求の入り口です。

 

大概は自分のものにしようとはしません。

初めは苦いからです。

 

そして違う性が、別物が、他にもっとすごいものが、あるんじゃないかって焦がれ、別を探す無限ループに入ります。

 

なのでそこは入り口でそこから自己探求へ行くか、ジャングルを彷徨うか、という別れ道になります。

 

 で、タントラの話へといきます。

 

タントラは性に特化したワークではありません。

 

なので、そういう性のことだけを求めている人はワークショップには来なくていいのです。

瞑想を建前に性のことをしたい人は、性のことは今の時代本当にたーくさんありますのでググって自分で調べてそちらで探求してください。

 

タントラは瞑想の探求、気づきの探求です。

 

瞑想というにオブラートをかぶらせて瞑想しに来ても性に溺れたらそこまで止まります。

 

気持ちいいな、こんな別の気持ち良さがあったのかで終わり、今度は次は何があるんだろう?という無限ループにハマります。

 

だからそういう人は必ずタントラは出会いの場だとか、タントラで気持ち悪い人しかいなかったとか、そんな文句ばっか言うんです。

 

タントラのせいでとか人のせいにしているうちは何も変わらないです。

  

だからもうみんなに来てくださいなんて言いません。

 

だから・・・

 

タントラっていう瞑想法に興味があって、むしろ性にうんざりした人は僕のワークに来てください。

 

 セックスは強力です。快楽という豪華景品付であります。

だから簡単にお金で買えるし、お金で釣れます。

 

でも、性とはそれだけじゃないわけです。

 

性は生だし、性は聖なんだと。

 

でもこういうこと言う方がまだ気持ち悪がられるでしょう。

でも近いうちにこっちが当たり前になるでしょう。

 

タントラは口伝です。残り火を次へと渡していきたいわけです。

だからワークをしないといけないのです。

 

と、書いている僕とて、何かを超えたとか、何かを獲得したわけじゃありません。

むしろ知らないことの方が多いです。

 

でもタントラという性を生にする、性をハートから見る、性を超えていけるワークだと思うからこうしてブログを書いているわけです。

 

 

現代のタントラを語る上でOSHOは欠かせません、絶対に。

 

その昔インドでセックスって言葉自体がタブーだった時代に世の中にセックスという言葉を使いタントラということがどういうことか説いた人だし、タントラに関してかなり多くのことを語ってくれている。

その代表が存在の詩という本であります。

  

OSHOはこう言っています。

 

「セックスをしているとき、コントロールしてはいけない。コントロールするのをやめて、カオスのなかに入りなさい。それは怖いかもしれない、恐ろしいかもしれない。なぜなら、それはある種の死だから。そして心(マインド)は言うだろう、『コントロールしなさい!』そして心は言う、『飛び込んでいってコントロールしなさい、さもないと底なし沼に飲み込まれるぞ』心に耳を貸してはいけない、のめり込みなさい。自分を完全に投げ出して、どんなテクニックも使わなかったら、あなたは時間を超えた経験に行き当たるだろう。」

 

これは結局わかると思うけど、セックスの話じゃない。

マインドで自分を制御するなって話だ。

でもセックスって言葉を使うとセックスの話になってしまう。

 

これはこう言った質問から答えている。

『タントラ・セックスとはなんですか……特定の技法に基づく瞑想的なセックスでしょうか?』

 

要するにみんなテクニックを求め始める。

テクニックを求め始めたらもう終わりも見えている。

 

テクニックだから。それ以上行くにはテクニックではないから。

 

長くなりましたのでこのへんで。

 

また。

 

らぶ

 

 

小さい

どんなにうまく語れたとて・・・

どんなに理論めいたとて・・・

所詮小さな頭の中のことなのだ・・・

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だから・・・これにかなうものなんてないってほんとに思うようになってしまった。

 

完全なる負けである。

 

だからこそ前よりもっと楽しめるようになった。

 

同時に前よりもっと死ぬのが怖くなった。

 

だからうまくなろうと練習する。

 

だからある意味うまく死ねるように練習する。

 

多分それが人生。

 

人から教わるんじゃない。

人からは教わりきれない。

 

自分で探すのだ。

 

そんな朝。