JOY of LIFE!

タントラのカビールのブログ TantralifeJapan代表

メンズの集い

 

僕は男性という存在が怖かった。
今も表層部分では怖い。

 

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それは父親からの時々くらう”雷”や先輩からの暴力や、受けた暴言や、喧嘩や、単に身体的な大きさへの恐怖や、いろんなことが要因して想起させるのかもしれない。でもそんな”原因”を探りほじくることにはたいして興味はない。

 

縦社会が大嫌いで通っていた中高校で伝統の縦社会の”先輩後輩イズム”が嫌でたまらなかった。でもそれはどこにでもあって、結局は自分がただその(クソくだらない)習わしみたいなものをダラダラ続けるをやめればいいだけの話だったし、そういったずるずる引きずってしまうものなんて、自分の生活の中にもいくらでもあってそれと同じだ、という”スピリチュアル”な理解が来るのは幾分先だったけど。

 

そんな大括りの男性として、または、自分と共に生きていくなかで、どうやっても感じる、生きづらさや、くだらない見栄とか、意味のない敬語とか、心底嫌になった頃、男の弱さやしょうもなさ(少年らしさと言っておこうw)を感じれた時、男たちのそういった姿を見れた時に、なんだか心底安心してリラックスした。

 

それがメンズタントラだった。

 

それ以降そういう場面に出くわすたびに、自分を信頼して、緊張や恐怖を感じながらも、男性(同性)と対面できるようになった。

 

みんな一緒だって感覚・・・。

 

そしたらだんだんと(時間はかかるけど)リラックスしている時間の方が長くなっていって、楽しく、子供たちが年齢関係なく遊ぶように、遊べるようになって来た。

 

そんな体験がまさか”男”として成長させてくれるなんて思ってもなかったから(男とはもっとマッチョで鍛えて鍛えて男になると思ってたから・・・昭和やw)不思議だった。

 

メンズワークに参加したことで、タントラというワークの奥深さを知れた。なによりその時にいたメンバーが助けてくれた。

 

だからそういう場を設けたいと思い、メンズワークをやってます(やります)なんか今の時代、流れが早く、流れに乗らないといけないと言われている風の時代(いまいちこの言葉はピンと来てないけども使ってみる)とか言われて、生きずらい人、そう思わされてる人、もいるのかもしれない、でもむしろ逆かもよ?

 

過去こんな記事も書きました・・・合わせてどうぞ。

 

kabr1218jp.hatenablog.jp

 

#タントラ #タントラライフジャパン

何かの理由にするとき

人は弱い。

 

自分も弱い。

他人も弱い。

 

人間は弱い。

 

この季節暖房ないと死んでしまうし、夏はクーラーなければイライラする。

 

すぐ何かのせいにしてしまうし今ならコロナのせいにする。

 

でも、多分みんな、制限されても、マスクさせられても、ワクチンがどーだっていわれても、ごまかしでしかないってみんなどこかで気付いてると思う(と願う)

 

でも「社会」と生きてると合わせないといけない時もある。

 

自分を中心に置き社会に合わせるのと、社会に合わせた自分ではもう宇宙とゴミほどの差がある。

 

なにかに合わせなきゃいけないっつってこれを妥協だなんて反抗するのも違うし、政権が変われば批判し、新しい政権にまた変わればまた新しい政権を批判し、と続けるようであればまた何かが違う。

 

だからタントラの言葉にある「状況状況で動くのだ」という言葉はとても響く。

 

自分がコロナにかからないなんて言わない。

 

それで死んで何が悪いのだろう?

 

ちょっと早くてちょっと遅くなっての、微々たる差じゃないかって思ってるけど、この個人的に真っ当だと思うこの意見は意外と社会では通用しない。ていうか、ほぼほぼ逆に抵抗を受ける。

 

コロナになって何度も何度もいろんな場所でこの言葉を呟くと「まぁね、そうね」と軽くあしらわれる感覚を受ける。

 

みんな死なないって思ってるし、思いたいんだ。

 

自分もそうだろう、きっと死が近くにやってきたらきっと怖いのかもしれない。

 

でも恐怖のからくりを学んだ今、恐怖は必ずや「未来」にある、というからくりを信じてしまった今、恐怖は「現在」にはない。

 

それを体験できたのはスカイダイビングの体験も大きいけど、瞑想の体験も大きい。

昔書いたブログです。

 

kabr1218jp.hatenablog.jp

 

 

 なんであれ人生はというか、自分の責任は自分でとらざるおえない。

 

死んだ時後悔することがたくさん出てくることをなるべくひとつでも少なくしたい。

 

コロナのせいにするな。

 

自分で証明すればいい。

 

それで死んだなら仕方ない。

 

どこにいても、それが飲み屋だろうと、病院だろうと、外国だろうと、どこにだってリスクはあるんだから。

 

だからこそ動くことだよ。

 

いつも通り。

 

なにも特別何かをする必要すらない。

 

いつも通り、怠けずに。

 

今日も動いて参りましょう!

 

 

 

タントラでできることはとってもシンプルなこと

新年早々色々と世の中騒がしく動いております。
 
なんだかなと思うことも多いですけど、なんであれ僕は呼吸をして、踊り、動き、食べ、愛し、生きてます。それ以上何があるのだと言うのだー。
 
この広い世界で全人類が共通の何か一つのことを体験しているという超スーパーレアな時代を貴重と思うか、早く過ぎ去って欲しいともうか、もうそんなことすらもどっちでもよくなって、どんなことすらも自由でしかないと思うわけです。
 
世の中という生き物は、思い込みがほとんどで、それに沿ってそれに従って生きてる、というより、生かされてるんだなと。
 
コロナに関してて言えば(コロナに限らないんだけれでも)ここだけ理解があればとても楽に生きられる3つのことがあります。
 
・自らの健康(命)は自らでしかわからない。
・恐怖は必ず未来にあり今にない。
・そして全ての物事、それが喜びであれ、悲しみであれ、全て過ぎ去っていく。
 
たったこの3つを(もっとあるけど)理解できたなら幸せに生きれると思うのです。
 
 
世の中が、コロナが、どうであれ、自分がするべきこと、それが仕事なり、遊びなり、なんでも、やろうという意思とやってみるという行動は大事で、トライしてみて、ダメだったらそれはそれ・・・違う道に行けばいい・・・世の中動いていない風だけど、決してそんなことはなく、そういう生き方がより浮き彫りになってきていると思います。
 
タントラの好きな言葉で「状況状況で動きなさい」という言葉がありますが、まさにそんな時代がやって来たのだなと思っております。
 
だからこそ僕はタントラのワークをやり続けていきたいわけです。
 
タントラで何ができるのか?
 
呼吸やダンスや人との関わり、リアルでの笑いや怖さや喜び・・・
 
それを深刻に捉えずに、それを体験することの大事さをコロナ以前からからやって来ていますが、このコロナになってからそんな体験たちが良いのか悪いのか「貴重」なこととなっています。
 
こんな時代だから・・・
 
 
 
マスクして踊ったっていいし、しなくたっていいし、来れる人が、来たい人が来ればいいし・・・でも自分の生の責任において踊れる人、笑える人、喜べる人は自ずと健康になっていくと思うんです・・・そんな人たちに集まって欲しいし、そんな人たちが集まって来ています。
 
呼吸しない、ダンスしない、身体を喜ばせないことこそ「罪」であると思います。
 
文句を言われようともそう思うんだからしょうがない。
 
ぜひ、エネルギーを少しでも動かしにきてください。
 
今年もイベント日本各所で行います。
 
以下WEBサイトでチェックしてください。*まだ日程調整等があり、アップしていませんが、これから上げていきます。
 
 
 
 
 

日々のエクササイズは何をしていますか?

久しぶりのブログになりました。

文章を書くという事に、世の中の動画という流れに押されたのか、キーボードを叩くことから遠ざかっておりました。

ここに来て1周したのか、キーボードを叩いております。

 

動画というのは物によってはとても有益なんだけど(数少ないけど)本当に必要な情報にたどりつくのも難しく、文章を読んだ方が早いことの方が多く、結局YouTubeのおすすめをズルズルと見せられるという時間泥棒的であるなと、特にコロナ以降芸能人が進出してテレビ化してきてから特にそう感じる。

 

とか言っちゃってる僕も時流に乗り動画配信を・・・とか思うんだけど、なかなか。

オンラインイベント一つ、いや、ミーティング一やるにも気が引けてしまうタチなので、動画発信などは遥か岸向こう・・・オンラインやるのは嫌いではないんだけど。

 

だからブログをつづれづれなるままに書いていこうと思ったけど、つれづれってのもなんか違くなってきたな。それはツイッターでいいのかなとかとか、ぷかぷかと彷徨っていました。

 

 

僕のやっているタントラというワークがそもそも言葉での説明が難しい。

 

タントラと言う瞑想ワークは1をやると1がわかり、それに1を足すと2になるという方程式のような物がない。

何かの実験のようでやってみないとわからないし、ある程度は予測可能になるのだけれど、実験しない事には始まらない。

 

時に−1になるし、時に+3になるし、飛躍的跳躍もありえるし、半年後にふと理解がやっくる時もあるし、はたまた、ダメージを受けることもある。

生きてりゃいろいろある。

タントラのせいではない。

”それら=自分”を見る良いきっかけになり得るんだけどな。

 

真っ向見るのはほんの少し勇気がいると思う、だから避けられがちだけど、遅かれ早かれ観るときはやって来るから然るべき時が来たら早いとこ観ちゃいましょってこと。

ちょっとでも早いほうがいいぞとぼそっと呟いておきます。

 

  • 日常という非日常・・・日常を非日常へ・・・!?

 

タントラは“日常”と繋がらざるおえないワークです。

日常は変化しないことが日常と思ってる人が多いと思うけど、そもそも人生というもの自体、流転の産物で不安定であるのが原則であって、安定を生き、求めるのは逆に不安定である。という一見妙なロジックに聞こえるけど、まさに真理だと思うのです。

 

ー1も、+3も、大きな川からしたらそう大差はない。

時に急流も暖流もある。

 

そんな体験的ロジックを体感的に学ぶワークであると思っています。

 

 

例えばワークショップを開くとする。

 

その開催した日に参加してくれた方により受け取り方は−1だったり−3だったり、+2だったり+5だったりする。

片方はもういいや、かもしれないし、もう片方は充分となるかもしれない。

 

それはその回だからであって、先の安定ではないけど、次の回も同じ事になることはありえない。

ということは2〜3回参加しない事にはわからない。物事は大体3回でなんとなく見えてくると言う法則を信じている。

 

 インスタントな時代で、すぐさま結果をもとめられる時代なのかもしれないけど、すぐさま結果が出るものってすぐさま消えていく法則も同様に信じている。

 

 とは言え誰にでもわかりやすく万人受けするように±0風に平々凡々にワークをするのも違うし、分割に分割を重ねレベル訳けするのも違う。

 

むずいけどインスタントはほどほどでいい。

 

  • 旧式の車みたいなようなもの?

 

旧車ってどこかしこで売ってるものでもなく、でも誰しもどこかでみたことがあるような懐かしさがあり、タイムレス感があり、味があり、匂いがあり、見つけた時の喜びがあり、メンテナンスや部品が少なくて面倒だけど、でも一度手に入れたらもう電気自動車には戻れないみたいな。

 

最新ハイブリットも便利でスタイリッシュでかっこいいし、楽だろうし、それに引き換え旧車はギアはマニュアルだし、遅いし、シート硬いし、とか、そりゃ最新になればなるほど未来感に圧倒されるけど、何かが足りないのは、やはり人間味だろう。

 

何かが足りない・・・今の時代ほんの少し「何かが足りない」という欠乏症的な人やものが多い。だからこぞって新しいものを求め、次から次へと更新され続けていくことがうけている。でもその「何か」は永遠と補填されないと思うのだな。外に求めている限りは。

 

コロナで世の中が止まった時「幸せ」を感じたのはきっと僕だけではないはず。忘れてはいけない。

 

 

本題からずれました。

 

  • 朝死ぬ!? 

 

さて、タントラの日々のエクササイズは何をすれば良いのだろう?

 

と問うと、なにかスペシャルでエキセントリックなことを想像する人は多いのだろうと想像する・・・あんなことやこんなこと・・・ここトリックなんだよね。

でもこのトリックという媚薬は瞑想への引き寄せ力があるのでそれはそれでいいと思っている。僕もそうだった。

 

瞑想を渇望し瞑想を実践していくと、結局は日常が瞑想になります。

でも初めは色々と味見が必要なようにいろんなことをしたほうがいいのだけれども、結局は日常にあると思っています。

 

僕のおすすめは何もタントリックなことを練習しろとかではなくて『朝死ね』ってことです。

 死ねとはセンセーショナルかもしれないけど、朝やることを終え、朝死んでもいいと思えたら、充分以上でしょうってこと。

 

じゃなぜエキセントリックなものは日々の中でそれほど重要でないかというと、それは癖になるからなんですね。淡々とできるものが血肉をつくります。

 

呼吸とか食事とかがまさにそうです。

 

  • 朝1時間動けてくると、1日朝で終われる。

これこそがクリエーティブの源だと思っています。何か物を作るってことではなく、脳味噌を柔軟にするってことです。

 

絶賛おすすめはダイナミック瞑想です。

 

経験ある方はわかってもらえると思うけどダイナミック瞑想が終わるとそれはそれは充足で満ちます。それもたった朝起きて1時間しか経ってないのにもう十分って思える。

だからおすすめなのです。

 

ダイナミック瞑想だけじゃなく、朝一で動けると、ジョギングでもヨガでも、なんでも自分が好きで続けられるものがいい。この充足はやってきます。

 ただ今どき風の5分とか10分ではそう感じるのは難しい。

やはり簡単には問屋は卸さないのです。だからインスタントは程々が良いのです。

 

少なくとも1時間、それも心拍数がある程度上がるものがいいです。

 

なので朝1時間はその時間に費やしたい。もちろん1時間きっかり済みません。準備やクールダウンもあるので、やはりそれをするには少し時間的余裕が必要になってくる。

 

 通勤前に1時間早起きしてやるってのもあるけど、それだと結局騒がしくなっちゃって修行になって惨めさが滲んでくる。

 

だからもうこの際根本的にライフスタイルを変えちゃってもいいのではないかなと思う、こんな世の中ですし。

 

こんな短い人生だもの、好きなことやるのが子供の時だけなんて淋しいじゃないか。

 

朝もう死んでもいいやって思えたら少なくともその日1日が豊かになると思うのです。

 

そんなこと思う久しぶりなブログでした。

読んでいただきありがとうございました。

 

タントラワワークのイベントやってます→タントラライフジャパン

 

 ではまた。

 

  

 

 

 

 

OSHOタントラおすすめ本

OSHOの本はタントラというテーマに関わらず、タントラについて多くを語っています。
 
特にタントラについて書かれたこの5冊は基本の5冊です。
 
ぜひ、機会があれば、いや読無こと必須の珠玉の作品なのでんでぜひ読んでください♪
 
 
色々な本から抜粋されたタントラに関する文章をよりお集めた本
タントラ―セックス、愛、そして瞑想への道
」入門にはこちらお勧め。これはもう絶版なので見つけたら買っておくことをお勧めします。

https://amzn.to/2ClmSHf

 
この本さえ持っていればいいというくらいタントラヴァイブル書
「存在の詩」最近リニューアル復刊しました。
 
こちらの第7章はThe タントラという珠玉の章です。
「タントラの変容〜サラハ王の歌〜」
 
上下巻と書いていないのでわかりにくいのですが上巻もあります。
「サラハの歌 タントラヴィジョン」
 
こちらも絶版あったら即買い
「セックスから超意識へ」
ロジカルにセックス、超意識について書かれた貴重本

緊急事態宣言解除の日

今日は緊急事態宣言が日本全国全面解除されるという。

 

でも『おめでとう〜』とかじゃないし、

 

『イエーイ』ってのも違う。

 

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ん?

 

あ、もう前世代的な『おめでとう〜』はいらないんだ。

 

うん、いらないのだ。

 

 

この危機の中、危機と共に、生きていく。

 

 

コロナという目に見えない、自分も他人も家族も誰だろうと安全と言い切れない、中にいようが、外にいようが、安全とは言い切れない世界がやってきた。

 

放射能のように遠隔地に逃げれば放射線は届かない、というのとも違う。

 

そんなまるで重箱の隅をつつかれるような、いじめのような、詰め方をしてくるものがこのコロナかなと、まさかこんなものが、この現代に現れるとは思っても見なかった。

 

 

 

だから尚更思い当たる言葉あって・・・

 

 

 

いにしえの時代から言われ続けて来て、でもそれは世の一部の人にしか聞く耳を持たず、その一部の人ですら、それを意識的に実践して、意識的に生きていくには難しい言葉があります。

 

 

 

 

 

 

危険に生きるということは安全である。

 

 

 

 

 

という言葉。しびれますね。

 

 

これは啓発の比喩の言葉ではなく、事実の言葉です。

 

 

コロナはこの言葉をよりリアルに見せてくれていると感じます。

 

 

 

でも、よく考えると、これは至極当たり前な言葉で・・・

 

 

 

一歩先が見えない中生きていかないといけないのであれば必死に生きるわけです。

一歩先がどうなるかわからない状況というのは人をより”生きさせてくれる”わけです。

 

そんな状況どこにあるんだ?じゃなく、本来人生というのはそういう状況なんだと思うわけです。

 

現代というのは安心安全で世の中が動いてきてしまった。

 

 

そういう危機的状況下にいる時っていうのはきっと自分を意識し、自分を守り、より安全なんだと、それよりも、保険をかけて、身動きせず、じっとしている方が、意識的に危険なんだと思うわけです。

 

 

 

 

 

人間である以上当たり前の・・・

 

 

死ぬときは死ぬ

 

 

という真理からは目を背くことはできても、絶対に逃れられないものを、誰が洗脳したか知らないがタブーにしてしまった。

 

これはセックスも同様。

 

コロナ以前はこの辺はまだまだぼやけていた。

 

 

 

でもきっとアフターコロナでそれが至極当たり前に生きる時が来る気がします。

 

 

 

だってどこに死が潜んでいるかわからない状況なんだから。

それは日本だけじゃなく、この地球全部でです。

 

 

 

人生に生命保険会社での保険はかけられるけど、実際の人生には保険はかけれない。

 

 

 

この言葉のメッセージは「だからこそ人生というのは楽しむべき」なんだと思う。

 

何も断崖絶壁、エッジで生きよとか、そんな極端な話ではなくて、自分の喜びに忠実に、喜びから選択して生きる、そうしたら自ずと、ワイルドに、自由に、生きざるおえないと思うのです。

 

コロナに自分を生きているか?と問われている気がします。

 

 人生がお金=保険という価値ではなくなったということをコロナでは見せてくれているのかもしれません。

 

 人としての、人間としての”当たり前”に立ち戻る。

  

 

自然を生きる。

とならざるおえないだろうな。

 

 

 

野生の復活

 

 

 

野生の証明(懐かしい)だ。

 

 

まだまだこの言葉を実践して生きているには程遠いけど、自戒を込めて書きました。 

 

 

 

では緊急事態宣言解除ひとまずお疲れ様?でした。

 

 僕は非常に楽しい時間でした。

 

LOVE

 

 

 

 

6/21(日)『TANTRA OF THE ROOM』〜ハートへの滋養〜

 6月21日(日)は新月です。

僕は原則新月満月狙いませんが、面白くなるといいなと思います。

 

kabr1218jp.hatenablog.jp

 

 

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日時:6月21日(日)

19:00〜21:00

 

費用:エントランスFeeお一人1000円+ドネーション(受け取った分)

*この価格設定も変化して行くと思いますが、今回はこれで。

お支払いはPaypayまたはPaypalでお願いいたします。

その他のは個別対応いたします。

 

参加要件:

・どなたでも、どこからでも
・お申し込みの方へ ZOOMのIDを送付いたします。
・お支払いは原則Paypalクレジットカード払いとさせていただき、他のお支払いが良い場合は個別対応させていただきます。
・ZOOMで行う予定ですがビデオ動画にて参加でき、かつ顔を出せれる方
ヨガマット1枚ほどのスペースで構いませんので軽く動ける場所を確保できる方(車内不可)
カップルの方などはひとつアカウントでお二人での参加は可能ですが、なるべくそれぞれのアカウントでお入りください。
・開催時間内、家庭内用事やトイレやスマホチェックなどせず、時間内は会にコミットしていただける方
・アルコール飲酒しながらの参加は禁止
 
参加申し込みは以下フォームより・・・
 
 
では
 
LOVE and HUGS