JOY of LIFE!

タントラのカビールのブログ タントラライフジャパン代表

美は内にもあるし、外にもある。

 

映画監督の紀理谷さんがこんなツイートをしていて、これはまさにのまさにである。

 

ルーブルは比喩として、もうそれこそいろんな場面で起こりうるというか、ほとんどこれじゃないかな?観光地とか、ブランド物を持つとか・・・

 

 

結局そこを抜け出れる人はなかなかいない。

集合意識や無意識も絡むから。

 

みーんな自分大好きだもの。

 

でも心得ていたい。

 

美を見て美を見ない状態ではいけないし、もののけ姫でアシタカがエボシに言った「真のまなこで見定める」とこの美学を忘れてはならないなと思う。

もののけ姫の映画のテーマは「生きる」である。

生きるに通ずるのである。

 

エボシは豊かかもしれないけれど、いかに多くを失っているか。

 

美は多分商売とは関係ないものなんだと思う。

 

愛と関係性が違うように。

 

勘違いもあるだろう。

 

思い込みもあるだろう。

 

投影もあるだろう。

 

そんな浅はかさが自分にあることに常にはむりだけど、気づいていたい。

 

 

 

踊る、踊ろう、踊らねば。

 

 

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先日聞いていたラジオからゲストの男性シンガーが「元気がない人が多いので元気が出るような曲を作りました」って聞こえてきた。


さらにDJもさも当たり前のように「みんな最近元気ないですよね」って同調していた。

 

え?みんな、それこそ全国民的に元気ないんだやっぱり・・・

その曲で元気が出たかは別にして「踊らないとな」って思った。

 

ディスコでダンス♪とかじゃなく、内側のリズムと調和して、向き合って、自らの音を聞いて、動くことがダンスだと思う。

 

そうしないとなんのために働いて、なんのために息してんだかわからなくなる。

ダンスは自由をもたらしてくれる。自由でいいんだって思わせてくれるし、人間だって思わせてくれる。

 

オリンピックとか増税で(確かにつまらなく、元気をなくすけど)世知辛いだけの世になってしまったのか。この国は。それに飲まれていいのだろうか。

 

オリンピックなどは何一つとってもワクワクしない。

 

もう「ワクワクは外側にはなく内側にしかない」なんていう言い方ももうスピリチュアルの言葉ではなくなってリアルな言葉になった。


スピリチュアルな言葉ってバカにされ続けて来たけど、まさに今、その精神世界で昔から言われて来たことがリアルになってきている。

 

そして楽しいだけがダンスじゃない!

 

弱みもダンスと共に。

 

強みも、喜びも、怒りさえも、ありのままの自分とダンスをシェアしましょう。

 

以下イベント情報です。

 

www.tantralife.jp

 

www.tantralife.jp

湘南で。

湘南も涼しい風が入り始め夏も終わりと伝えてくれております。

 

しかしここからが本当の湘南シーズンです。

夏は万人に。

秋はベストと言えましょう。

春は夏を待ち、冬はひっそりと静けさと自分と海とに向き合えます。

 

夏はね、ある種毎日はお祭りです。

海の家で景観が損なわれても、やはり裸で海に入れるのはこの季節だけですからね。

 

8月31日を持って海水浴場としては機能を終了して、海の家も解体作業に入ることでしょう。ビーチの景観が戻って来ます。

 

そんな広くなる湘南で瞑想会を地道にやっていこうかと思います。

 

午前中2つ瞑想をしています。

ご一緒できる方はおいでください。

いつでもWELCOMEです。

 

こちらFacebookのみの告知です。

9月は2回やります。7日と21日です。以下よりお進みください。

www.facebook.com

 

 

野生〈ワイルド〉になる瞑想法

最近綺麗な人がすごく多い。

 

小汚いやつなんぞ見当たらないんではないかというくらい外見はほんとに綺麗である。

この夏海で目についたのは若い男の子たちがこぞって鍛え上げた筋肉を見せつけるかのように裸で歩いている姿だった。

無駄に盛り上がった筋肉を、見せる為に作ったと言わんばかりに・・・

時代が筋肉を求めているのかと思わざるおえないほどマッチョくんたちが多い。

女性たちは目の保養になるのか。。。知らんけど

でもね、使われていない筋肉は正直あまり美しくない。

 

さて、OSHOへの質問にこんなのがあった。

最近、悲しいのです……これといって理由は分からないのですが

 

これは時々襲って来る。。。突然と現れ、突然と消えることが多いけど。

意味もなく悲しい、意味もなく寂しい・・・

 

そしていつもOSHOは厳しいんだけど・・・

こんな風にまず答えた・・・

あなたは抑えている。

それが問題のすべてかもしれない。

あなたは生を信頼していない。

どこか深いところに生への不信がある。

自分がコントロールしなかったら物ごとはうまく運ばず、自分がコントロールして初めて物ごとはうまくいくのだから、自分はいつも物ごとを慎重にコントロールしていなければならないとでもいうかのようだ。

それにはおそらく子どもの頃の条件付けが一役買っているのだろう。

それが大きな害を及ぼしてきた。

あらゆることをコントロールし始めると

その人の生は最小限にしか生きられないからだ

ふむふむ

そしてさらに

生はひじょうに広大な現象であり、コントロールすることはできない。

そして、ほんとうにコントロールしたければ、それを最小限にまで切り詰めなければならない。

そうすればコントロールできる。

さもなければ、生はワイルドなのだから。 

 

動物や自然はワイルドだと誰しも認めるけど、こと人間となると、結構アドベンチャー系をやってる人がワイルド系となっちゃってここでいうワイルドとは違った意味合いになる。さらに一般の僕らみたいな人は自分がワイルドであるなんて到底考えないのである。

 

そしてこう続く・・・

悲しみというのは、喜びになることができたのと同じエネルギー以外のなにものでもない。 

 

要するに悲しみと言う名の下、惨めとともに生きているとも言える。

 

惨めさ、ひがみというのはこういうこと・・・

 

自分の喜びが花開いていないことが分かると、あなたは悲しくなる。

誰か幸せそうな人を見ると、決まってあなたは悲しくなる。

なぜあなたには起こっていないのか? 

あなたにも起こりうるのだ! 

そこにはどんな問題もない。

あなたは自分の過去を条件付けから解放すればいいだけだ。

それが起こるためには、あなたは少し回り道しなければならない。

だから、自分を開く努力を少ししてごらん。

そうなんだよね。

努力しないで、人を羨み、さらにはひがむというね。

まず「自分がやれよ」って話ですね。

 

さてそんなワイルドさを取り戻す瞑想をご紹介します。

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まず、好きな動物を選びます。

自分が全く人間でないと感じ、犬でも、猫でも、虎でも、チータでも、メスでもオスでも、選び、そして、なりきる。四つん這いになり、その動物になりきります。

 

15分間行う。

 

その動物になったら、吠え、飛び跳ね、コントロールをせずにそれを楽しむ。

動物はコントロールしない自由な存在であるから。

 

人は洗練され過ぎ、教養も得て、コントロールし過ぎてしまったようです。

それが時に自分がダメなんだと思ってしまう要因になっているかもしれない。

 

自分をコントロールしない、動物エネルギーが必要である。

だから少しでも動物が瞬間起こるがまま動いているように、人間もコントロールする自分の制限、教養を外して動物であることを思い出しましょう。

 

ぜひ楽しんでみてください。

 今こそ野生へ

 

タントラ瞑想法「受容性を育てる」

タントラ瞑想のメソッド(方法)の中のひとつに「受容性」があります。

とても簡単そうですが、なかなか難しいという、タントラの基本でもあり、かつ重要なポイントのひとつです。

 

これを自然にできるようになると、要するにくつろげるようになると、

自然の動きに身を任せていける、そうすると、日常の様々なところで楽に、楽しく過ごせることがどんどん拡がって行きます。それがオフィスだろうと、通勤中の歩いている時であろうと。

 

ふっと”あの感覚”が蘇るという瞬間を得れると日常にくつろぎがやってくることでしょう。

 

その”感覚”を味わい育てる瞑想をご紹介します。

 

「海と海藻のエクササイズ」 

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とってもシンプルな瞑想です。

 

1)一人の人がまたはの役になります。

2)もう一人の人は海藻の役をします。

 

 

海は自由の象徴でもあります。

同じ波はこの地球が誕生して以来2度とありません。

まるで遊んでいるかのように自由に寄せては引き、時に大きく、時にゆるーく波打ちます。

 

海藻はそんな自由で奔放な波が来ようともしっかりと海底とつながっていて、ふらふらとどこかへ流れて行ってしまうことはありません。

 

要するに自由(遊び心)とグラウンディング、そして受容性を育てるエクササイズです。

 

このエクササイズは初めての方でも、何度も体験している方でも、楽しめます。

どちらもその日の状況によって楽しみ方が違って来ます。

 

なぜなら、タントラでのワークはペアで行うことが多いですが、ペアになる人、例えそれが同じ人でさえ、起こることが毎回違うのです。

自分も意識無意識別として、日々変わっています。人も同様です。

その違うエネルギーが出会うのです。

毎回違うのは言わずもがです。

だからタントラは新鮮さも重要で受容なポイントなんですね。

 

 例えば、なんどもやっていて、同じエクササイズだし、もういいやという人は損をします。なぜなら毎回起こることが違うのです。ここで受容性のタネを自ら捨ててしまうようなものです。もったいないことですね。

 

 

【海と海藻の瞑想のやり方】

 

まず、先にどちらが海の役で、どちらが海藻の役をするか決めます。

波の音など用意するとスムーズに行えるでしょう。

 

第1ステージ:

海の人はリラックスして、足を肩幅くらいに広げ、”何”もしません。ただリラックスして立っています。

そして”待ち”ます。

 

海の人は海藻と戯れて行きます。

いろんな波(いろんな方向)から海藻の役を人を優しく揺らして行きます。

 

第2ステージ:役割を交代し、海だった人は海藻へ、海藻だった人は海へ交代します。

 

第3ステージ:座るか、共に立つかして目を閉じて、しばらく静かにする時間を設けます。海と海藻を体験したことを感じます。

 

終わった後体験したことを言葉にしてシェアするのも効果的です。

 

 

とってもシプルです。

 

ご友人と、恋人と、ぜひやってみてください。

 

LOVE

 

タントラライフジャパンのイベントでこの瞑想を体験できます。(毎回やるとは限りません)

 

またはカビール個人セッションでも体験可能です。

 

お問い合わせお待ちしております。

 

LOVE

 

 

 

 

湘南タントラ後記そしてタントラ前半戦終了

昨日は地元湘南でタントラ瞑想会を行いました。

 

たくさんの方が遠くから湘南まで足を運んでくれて、あったかな、海のそばらしいことが起こりました。

 

湘南素晴らしいぞ。

 

海って砂つくし、入ったら入ったで海水ベタつくし、シャワーないと髪バリバリだし、いろいろ面倒なんだけど、海入っちゃうとそんなことぶっ飛ばされるんだよね。

 

なのでたまに海に入ると心身ともどもごっそりと洗ってくれます。

 

どうぞ短い夏です、裸で入れるのもあとわずかです。

心身の洗濯しましょう。

 

実は海はもう秋に向かっています。くらげたちが育って来ています。

意外と痛いです。

なので、早目に海に入っておきましょう。

 

生まれ育ったこの地でタントラというライフワークを出来るとは感無量・・・なんて、そんな大げさなことではないけど、湘南開催ありです、本当にいい。

 

次は海の家が撤去された頃、海で瞑想するのもありだなって今回やって見て思いましたね。エクササイズ考案しておきます。

 

会終わり後参加してくれた人々と行った江ノ島海岸。

 

結構な頻度で夕陽を見ていますが、稀に見る夕陽ですばらし越えでした。

 

この日のSNS上で #江ノ島 は結構あがったんじゃんないかな?

それくらい素晴らしい夕陽でした。

 

しかもタントラを象徴するシバムーン🌙ものぞかせてくれた。

 

サイコーーなる瞬間、後光のような光。

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プロフィール用に撮ってもらった・・・。

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そんなわけでこの湘南の瞑想会が僕の中での2019年の前半戦最後の一コマ。

 

特に年度計画を綿密にしているわけではないんだけど、前半の区切りが地元湘南ってのが良かった。

 

今年前半は南は福岡広島大阪、北は群馬といろいろなところへ行かせてもらいました。

後半も同じように繰り返すんだけど、また福岡、もっと南の宮崎、もちろん大阪と予定が入っています。

 

そして今年の年末栃木へと向かって行きます。

 

各所各所でお会いできる方とお会いできることを楽しみにしております。

 

イベント予定はこちらを・・・タントラライフジャパンイベントページ

 

 

そんなわけですこーし休みます。

といっても海でぷかぷか波と戯れるだけなんだけど。

 

ではまた。

NATURAL MAN

 ワークショップを開催すると圧倒的に女性の参加者が多い。

ある日のワークショップでのこと・・・その日も圧倒的に女性の数は多かったのに、僕側(男性側)には始まる前の緊張はなかった。

 

参加してくれた数少ない男性たちもリラックスしている様子だった、反面女性のみなさんはどことなく緊張しているのを感じた。

 

当日やることは何も決まってなかったけどリラックスしていた。

でもこういう一見リラックスしている時、フタを開けると違うってことは多々あることは経験的に知っている。

 

だからこそ楽しみだった。

 

何か』ありそうな感じだった。

 

場が女性が多かったのでゆっくりゆっくりとお水からお湯を沸かすように動いて行くガイドから始めた。じゃないと水が多い分火は燃え尽きてしまうから。

 

水がグツグツとなり始めたのは、さすが女性が多い場だけあって自己紹介の時だった。話すことで何かをリリースするにたける女性の質がぴったりとはまった。

 

勇気を持ってこの場に来たと伝えてくれ、真摯に自分のことを話してくれるのを見聞きした。

こんなティッシュが飛び交う1Dayのしかもまだ始まったばかりの自己紹介の時間は初めてでなかろうか?というほどに。

自己紹介というよりも「シェアリング」になり、グループ全体がワークへ入って行くのを感じた。

 

で、僕が感じたことは何かと言うと、個々の問題というより、女性という個人というより、女性という存在が何か沸点に達しているのかもしれないということだった。

 

先日こんなブログを書いた。

 

kabr1218jp.hatenablog.jp

 

「女性たちが『絶望的』に「男性性」を求めている」

 

今回も同じように感じた。

それが如実に出て来たグループだったのではないかと感じた。

 

女性たちの、それぞれの、持っている葛藤や、やるせなさや、悲しみといったものから、喜びや豊かさというポジティブなことまで、ぽろぽろと出て来た。

 

 そして女性たちはもっと自分を出したいだろうし、表現したいだろうし、もっと身体的にも、精神的にも、触れて欲しいだろうし、もっと話をしたいのだろうなと感じた。

 

でも、その相手がいない・・・いやいる・・・もちろんいると思う・・・個々では。

触れてくれる人や話を聞いてくれる人はたくさんいる。

 

でも「いない」という、なんとも言いがたいこのジレンマ。

 

どこへ向けていいのかわからないこのジレンマ。

 

うまく言えない、この「何か」を感じた。

 

 不満じゃないけど満足でもない。

 

充足しない満足。

 

そんな最近もしかしたら女性たちはこんなことを感じているのではなかろうか、と、感じていたこととリンクした。

 

 

そんなわけで良いスタートと共に、いい学びを得れた1日であったわけだけど・・・

 

しかし・・・ 

 

 

でもね・・・

 

 

何かが・・・

 

 

足りなかった。

 

 

多分・・・

 

 

 

男性を象徴する、

 

 

 

縦や、

 

 

 

前進するパワーや、

 

 

 

ホールド力とか、

 

 

 

静けさや、

 

 

 

そういったものが、

 

 

 

 

足りん!

 

 

 

 

って思った。

 

 

 

 

個々の男性がどうのじゃないのだよ。

 

 

今回なんては一人の男性で2〜3人くらいは女性をホールドできる男性参加者さんだったので、ちょっと女性が多いかなくらいなエネルギーしかグループ全体からは感じなかった。

 

 

女性が多かった分、集合体としての男性を感じれたんだろうか。

 

 

 

双方が個と個で出会えたなら、

 

 

そこで会え、

そこで遊び、

そこで分かち合えたら、

 

 

おのずと、自然と、成熟へと向かうんだろう。

 

 

 

だから機は熟したなと思った。

 

 

 

女性という側が沸点に達したようなそんな気がした。

 

 

 

これからきっと実際の生身の男性たちがこぞって繊細なる内なる世界にやって来る気がしてならない。

 

 

 

決まり切った疲弊を手放し、遊びに満ちた男ほど美しいものはない・・・って勝手に思う。

 

 

 

だから繊細なる内側で同性同士出会い、分かち合いが必要と思った。

 

 

 

自然に

 

自然な

 

自然の

 

男たちと遊びたいし会いたいしって女性だけじゃなく、同性の男も思っている。

 

はず

 

カッコつけて

 

香水つけて

 

勝ち負けばっか気にして

 

セックスやお金のことばっか考えて、その先の愛のことなんて考えてない

 

そんなんじゃない

 

ナチュラルな

 

男性性、男性像を

 

分かち合えたら、

 

同性も輝けたら

 

異性も輝くと思うのです。

 

いまこそ、今だからこそ「Men`s revolution 〈男性性革命〉」である。 

 

うぉーーーーー!

 

なんていう・・・

 

大げささはいらんけど。

 

男性にとって同性同士で自身の弱みに開き、弱さも強さも分かち合う機会は大事である。

 

 

 タントラは自然〈ナチュラル〉であれと言います。

 

飾らないままで在れた時、源泉に辿り着く。

源泉を見つけた時が自ら癒える時。

自ら癒えた時、はじめて他者を癒せる。

 

正直であれ、そのままであれ。

 

そんな男性と会いたいと思う。

 

僕もそんな男になりたい。

 

 

男性のみで行うスペースに置いて男性だけで行うダイナミックがどれだけ美しいか想像するだけで痺れます。

 

どうぞ女性のみなさまにもご協力をいただきたい。。。笑

ぜひ男性たちを送り込んで欲しい。。。。笑

 

笑い事ではないw

緊急案件であるw

 

貴重な出会いで貴重な場にしたい。

 

対等に飾らず語り、対等に飾らずに聞く、対等に開いて行く。

 

 NATURAL MAN

 

来てください。