〈タントラ ゴーオン ツイッター〉
僕が書くような類のブログは毎日書くと言うのもなんか違うし、それでも書かないとざわざわするし・・・ブログってなんなんでしょう?
タントラという瞑想に関わってきて15年くらい経ちますか。
だからとて、瞑想や人生にゴールなどなく、日々淡々と気づき生き、トライ&エラーの繰り返しです。
今はタントラライフジャパンの代表をしています。
代表と言うと偉そうですが、会社組織にしているわけではなく、個人事業主お一人様カンパニーです。
会を運営させてもらったりしていると、何気ない人との会話一つとっても、気づきや自分を省みる練習になります。
何事も他者の責任にはできず、自分をかえりみる以外ないという、ときどきしんどい時もありますけが、そんな自己を省みていると、日々ふと湧く言葉はあります。
タントラライフジャパンのツイッターアカウントに呟けばいいのだとふと気づき呟くようになりました。
このタントラという「生きる」手法に出会い15年。
タントラ的に考え実践し生きて来たわけですが「生きる」とはわからないものです。
わかったは「生きる」ではなく、わからないが「生きる」だと言うことはわかってきました。
タントラは身体に働きかけて行くワークなので言語化が難しい。
でもこの言語化できない感が、
自分自身で答えを編み出していくというプロセスが、
誰かが答えを教えてくれることもなく、
トライ&エラーしながら、
時にタフさを必要としますが、
なんだかんだと面白いものです。
そんな身体に蓄積され浮上して口から外に出る言葉たちは、僕にとってはアート表現と一緒で、言葉にすることは難しいんだけれど、そもそも、アートを言葉にすることは大して重要ではないのですけれども。
せっかく浮上して来た言葉を重要なのでアウトプットすることにしました。
もちろん、その浮上して来た言葉は間違っているかもしれないし、ほんの一瞬浮かんで、明日には消えてしまう言葉かもしれないけれど、言葉にして口から出してみようという実験でもして見るかとつぶやいています。
ここまで時間を要しました。
その助けとなっているのだOSHOの言葉たちです。
OSHOは膨大な量の言葉を残してくれました。
多分1人の人生では使いきれないほど、理解できないほどの量に値すると思う。
スピリチュアル界の大辞典です。
こうしたOSHOの言葉たちは多大はインスピレーションを与えてくれます。
ただ気をつけなくては行けないのはコピペをしてしまう危険があると言うこと。
正論で詩的で美しいだけに無意識に自分のものとして使ってしまう危険があります。
だから常に自分に省みる作業が必要になります。
時にOSHOの言葉やポエムなども載せながら。
何年後かに読み返したら恥ずかしい呟きもあると思いますが、よかったらフォローお願いします。
孤独を感じる・・・
— TantralifeJapan (@TantralifeJapan) 2019年3月30日
そうすると何かをし始める。
そうすると孤独は逃げていく。
そうしてしばらくするとまた孤独を感じる。
そうするとまた他の何かを始める。
そうするとまた・・・
この連鎖を終えるには結局はじめの孤独を感じましょうってこと。#タントラライフジャパン
LOVE