JOY of LIFE!

タントラのカビールのブログ タントラライフジャパン代表

一番猥褻なのは女が・・・

「一番猥褻なのは女が縛られている姿である」

と言ったのはかの文豪サルトルらしい。

 

・・・と三島由紀夫が言っていた。

 

でもこれ悲しいかな、男性マインドとしてわかる気がする。

 

動かないものをブランデー片手に見る。

 

これって令和の今じゃ嗜好プレーとして確立されているけど、社会にまだ遊びがない頃からきっとあったであろう上流社会の下世話なお遊びだったと思う。

 

それが庶民に知れ渡り、一般化された頃にはもう社会全体が洗脳されている。 

 

今のマスクと一緒やね。

 

それは力や権力や金で縛り付ける方法もあるだろうし、それを逆に女性たちが望むという構図も生んだ。

 

ちょっとそれるけどトランプ元大統領はトロフィーガールという言葉を昔使ったそうです。

 

男たちが勝ち取った女。

 

この構図は今も生きている。女をはべらす、連れて歩くのに、見栄えのいい女・・・・。

 

男性のマインド社会が長きにわたってしまった結果だろう。

 

でも、もう今の時代の女性は変わった(男性は少し遅れているけど・・・)

 

しかし一度変わってしまった社会を変えることはとてつもなく難しい。

 

だから社会は変わらないのだとした方がストレスも少ない。

 

だから”自分”に問いかけるしかない。

 

本当に「それ」は自分が欲しているのだろうか?

 

地道な作業だ・・・いい女が現れたら、好きな欲望がやってきたら、いろんなものが手を変え品を変えやってくるんだもの、でも地味にこれをやりつづけなくてはならない。

 

でも多分そこに、個々に、ココに、答えがあるし、そこ〈内なる自分〉にしか答えがない。

 

そうしてやっていくことで答ってのは見出されていく(はず)

 

ところで、この発言をしたのは全共闘時代に東大の学生と討論をするというドキュメンタリーなんだけど、いやー三島由紀夫はかっこいい。

 

この人は世代を超えてるし右左超えてるのだよ。

 

生きてれば今も生きてるかもだけどご存知のように自決した、当時45歳だよ。考えられない。

 

ぜひ歴史の勉強と思い一度見てみてください。

 

ではねー

コロナについて

オミクロンだかなんだか知らんけど、あたかもそれに罹ってしまったら死んでしまうかのように「恐怖」を煽られている世の中でありますが・・・。

 

本当にみなさんどうお過ごしなんだろう?本当に。

 

この2年間でどう生活が変わったんだろう?どう心境の変化があるんだろう?

 

僕個人のコロナ観は実際会った人と話しているけど(最近はもううんざりで話さなくなったけど)一応言葉にして書いておこうかなと思い記してみます。

 

2020年の2月くらいですかね、かれこれコロナという言葉が流行し出したのは。

 

その当時は何が何だかわからなかいうちに、訳わからないまま、特筆すべきは、日本から、というかどこの国もそうだろうけど、自国から外国人が消えた。

 

2020年コロナ以前はインバウンドで潤っていたなんて言うけどもさ、実際そうだったかもしれないけど、そりゃひどいものだった。

 

観光地に行けば(僕は観光地に住んでるから)中国人を筆頭にそりゃどこもかしこも外国人で溢れていた、こんなローカルな店にまでも?ってくらい人でごった返していた。

 

当時の画像・・・ここは湘南江ノ電電車の鎌高前という駅のところで、いわゆる漫画のスラムダンクで有名になった写真撮影スポットです。

噂では台湾で大人気で台湾人が多かったという話だけど、見た目で台湾人か中国人かは見分けがつかないので実際はどうなのかはわからないけど・・・この写真でもわかるように江ノ電はそんなに本数が多く走る電車じゃないので車内は常に満員電車状態だったし、いつ行ってもこのスポットは人でごった返していた。

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中国人がダメってことではなく団体でみると鬱陶しいわけです。

(だからコロナは中国人排除なんじゃないかなんて疑ったりしてたっけ)

 

そしてコロナ後一気に消えた。

 

緊急事態宣言が発令された湘南はとてつもなく過ごしやすく、とてつもなく美しくなった。本来の湘南はこうだったなーって思い出したくらい。

 

このコロナ騒動でいいところはいろんなところが空いていることくらいかな。

 

「心配している人と、していない人」

 

そういう僕も2020年のいつころだったか忘れたが、あれはきっとコロナだったろうなと思われる風邪に罹った。

 

1週間くらい正常に戻るのにかかったけど、ちょっとヘビーな風邪だった。でも風邪だった。

 

薬も飲まずひたすら寝て養生した。

 

僕は頑なに薬を飲まないってわけじゃない。

 

自分の身体と話し合ってその都度決める。

 

日常から極力健康には気をつけているし、病気や怪我とか風邪は自分の身体を観察できるいい機会だからそれ”悪”と呼ぶのは相応しいことではないと思ってる。

 

だからこそ、この騒動の大袈裟ぶりには辟易しているわけ。

 

だいたいさ、そもそも、死んだっていいじゃないかって思うし、年寄り優先にワクチンをとかいうけど、本当に健康のこと考えてたら若者からだろう。

 

でもそうじゃないらしい。

 

年を取れば取るほど何もせず、何も考えず、下の世代の言いなりな高齢者ばかりだということが今回も炙り出された。

 

もし老人たちが智慧をもっていたらそこまで騒がないと思うんだけどね。

長く生きてきた知恵と知識をもっているんじゃないのか?

 

違うのか?先輩達よ。

 

世の中の心情がよくわからない。

 

僕は花粉症なんだけど、花粉という荒い粒子でさえマスクしたって意味がなく気休めと言われているのに(実際意味ない)ウイルス細菌レベルをそこらで売ってるマスクで防げるわけがないなんてちょっと考えればわかるものだろう。

こんなことは東大出てなくてもわかるもんだろうけど、世論が違うと言えば世論に従わざる負えないんだろう。

 

ま、そんなこと、あんなことも、いろんなところで、いろんな人と、このコロナについて、それぞれのコミュニティで話してきたはず。だからもうウンザリなはずだけど、人びとは議論が好きなわけでして。

これまた鬱陶しいのが、時々異種と混ざるとそこで個々の意見の食い違いで言い争いになる。

 

データがどうだ、自分の身体を見ろだ、気づきが足りねーだ、うっせーっつの。

 

データもプロじゃない人間が分析して知ったように話されてもなーーーーんの説得力もない。例えプロが言ってもその人を信頼してなかったらその話はデマになるものなんだから。

 

とここまで書いてなんだか愚痴ブログになってきたからこの辺でやめます・・・笑

 

みんなそれぞれの場所でのんびり生きていきましょう♪

 

オミクロンというか、この冬が過ぎれば、とりあえずこの”イベント”も収まっていくと思う。なぜなら、この地球の王様イギリス様もマスク不要宣言を出し、裏の世界の王様マイクロソフト作ったお方も、近々コロナは終わる宣言もしております。

 

もうすぐ、みんなで踊りましょう♪

 

息いっぱい吐いて、声いっぱい出して。

 

ではねー

 

【タントラ本 新刊】112の瞑想秘法の書

インドいにしえの経典「ヴィギャン バイラヴ タントラ」というものがあります。

これはシヴァ神が恋人であるデヴィに112の瞑想法を贈ったとされ経文が残されました。

 

それを1970年代(もう50年も前だ)にOSHOが1年くらいかけて講話をしたんだけど、その講話録(基本OSHOの本は講和録ですけど)となります。

 

今までは1〜10巻までのシリーズで装丁も凝ったものものでしたが、その10冊が2分割され上下巻になりました(下巻はまだ未発売)

 

 

OSHOの本はもともと辞典のような分厚い本が多いけど、これはもう辞典そのもの。

 

このシリーズは辞典としてあってもいいかなと思うほどの名著だと思うのでいいのだけど・・・けど・・・本の構成が2段になって文字が小さくて読みにくい・・・

でもね、市民出版さんまとめてくれたのは嬉しいよ。

 

他にもおすすめ本過去に書いた記事貼っておきます。

kabr1218jp.hatenablog.jp

 

 

ちなみこのヴィギャンバイラヴタントラシリーズのタロットもあります。

 

 

合わせて持っておくといいかもしれません。

 

ではね〜

 

100%生きているのか?

今朝の湘南。

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ここのところ湘南は波がない日が続く、されど、波がなくとも、晴れてなくとも、湘南はいつでも美しいのであります。

 

けっして日々永劫、波がない日ばかりが続くわけでもないのだけれど、マインドだけが常に波を求む。

 

そんな今朝は海に入らず、ランニングしてました(ランニングはだいたい海沿いを走る)

 

ふと・・・

 

自分は100%生きてるのだろうか?

100%生きるとはどういうことだろう?

 

と浮かんだ。

 

生きてない。

 

とも言い切れない。

 

生きてる。

 

とも言い切れない。

 

例えば、この真冬の中、朝起きてパジャマから着替えてランニングするなんてことはベットにいる時は絶対嫌なわけよ、もう一つ言うとサーフィンなんてのは(ここ数年はサーフィンをライフワークとしている、湘南に住んでるがゆえか、一番空いている冬に入る率が高いんだけど)冬になると、分厚い動きずらいウェットに着替えて、はめにくいウェット手袋をつけ、ウェットブーツを履いて、準備だけでも大変で、海の水はもちろん冷たいって知ってて、マインドは全知能を駆使して抵抗するわけよね。

 

しかし、海に入るとマインドは消えるってことも知っていて、走れば爽快になるってことも知ってるし、ウォーキングすればアイデアが湧くってことも知ってるから、冬だろうと真夏だろうと、体を動かすことをやめないわけ。

 

何が言いたいかというと「知ってる」をやらないマインド状態は生きていないに等しいと思うんだよね。

その動いている(生きている)の状態を見ていることによって起こってくる、それは至福かもしれないし、痛みかもしれないけど、それをせずに、何もせずじっとしていることは「生きてない」ではないかって思ってるのね。

 

だからこそ「その時」がくる準備のために瞑想と身体を動かすことが大事だと思っているし、ワークの中で伝えている。

 

至福を感じたい、欲しいってわけでは決してない。

それを思い求めたら本末転倒だから。

 

生きてるって実感を得れたり、それらがやってくるために、やはり「空っぽの器」にしておかないと思うし、そうしておかないと入って来ないと思うから、日々ストレスや緊張をリリースしておくことは「自分自身を生きていくため」には必須であると思う。

 

それには身体を動かすことに答えが多くあると思っております。

 

だから「やってる」状態の「快」をいかに信じれるかだし、だってその時は「生きてる」を感じざる終えないのから。

 

だから「生きてる」は止まらないこと。

 

自然を見れば一目瞭然なんだけど、一個とて止まっているものはないだよ、石でさえも。

 

人間だけが「止まろう」として「安全」でいようとする。

 

でもこの「安全」は決して「安全」ではなく「不安定」なのだ。

 

それをいつも忘れないように100%生きていたいと願う。

 

まだ僕は「願う」という言葉を使ってしまうほど未熟だ。

 

だからその練習として、3つくらい身体動かす系を持っておくと、バランスがいい。

(今日は足が痛いからプールに行こうとか、昨日走ったからジム行こうとか)

 

同様にマインド系も3つくらいあると良いのだろうな、と思うけど、どうも僕はマインド系は苦手なのか手持ちが少ない。

だから近々、というか、今更というか、株とか投資系に手を出そうと思ってる。

 

メディテーションと投資

ジョギング瞑想

スイミングメディテーション

サーフィンとメディテーションの関係

 

コンテンツはなんでもいいんだけどさ・・・

 

すなわち生きる瞑想。

 

いうなればタントラなのだよね。

 

てなわけでタントラ生活続けます。

 

では、良い1日を。

 

 

頂上への道!?

『頂上への道』なんて頑張るのはきっと人間だけであろう。

 

猫にとっちゃなんのこっちゃだろうけどさ。

 

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でもこの言葉は案外効く。

こうしてブログをひさしぶりに書く原動力になりました。

 

2021年年末大きな仕事をこなし終え、年明け1月は11日まで休もうとなるべく何もせず何も考えず過ごそうと思っておりましたが、結構そういうわけにもいかず未来計画をつらつらと考えたりしてました。

 

で連休明けてそろそろ動くかって時に母が亡くなり、バタバタとまたしばらく強制スリープ状態となりまして、なんやかんや、感情やら家族のことやら仕事もこなしいろいろありながらも、葬儀も無事に終えまして、そろそろ動き始めようと思えた、そんな今日、我が氏神江ノ島神社へ向かいご挨拶。

 

年始は伊勢神宮にもお参りできたので初詣ではないんだけど。

 

江ノ島は猫島としても有名ですけど、この子が人懐っこくなんだか「がんばれや」って言われたような気がしました。

 

というわけで2022年始まります。

 

どうぞよろしくお願いします。

 

今年は読めてない本などを絡めてタントラ関連ブログは書いていきたいななんて思っとります。

 

ではねー

 

 

 

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メンズ レボリューション

「女が愛するのは当たり前」「男は愛よりもビジネス」という時を経て、今や逆転するかの勢いで女性たちは社会進出〈ビジネス〉が進んでいる。

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反面、男たちは愛を学ぼうとしているのだろうか?
それとも相変わらず歯車として回っているのか?
 
「学び始めている」がどうやら正しい言葉かもしれません。
もうその学びをすでに学んでいる人はそれをさらに深めているだろうし。
 
面々と続く、この国の「縦社会」「年功序列」「敬語を話せ」という強制(矯正とも言うかもしれない)でがんじがらめで、窮屈に生きざるおえなかった。特に男たちは・・・。
 
今でも”残党”は残るけど”タメ口”を聞いただけで殴られるって一体どんなだカラクリなんだろう・・・。
 
それは単に上(とされているだけの)の人間が自分のポジションを守りたいだけであろう。
敬語がない西洋の文化が混じる現代において、もうそれは古すぎる。しかしこの国にいる以上、便宜上敬語は便利である。
 
子供時代には上下関係なかったように、遊ぶこと、自由に泣き、笑えるってことを思い出せたなら年齢や性差なく”人間”に戻れる。
 
特に男性が子供に戻るとほんとにバカでやんちゃで、まっすぐで、それが愛に向かえば、ここに書いてある通り、女性の愛をも超えていくほど、愛を与えるというのは簡単に想像出来るし、そういう場面は何度もみている。
 
だから男性同士で愛を語り、正直さを語り、日本人であれば腹を割ることができたら面白いだろうなとメンズタントラのグループを企画した。
 
ぜひきて欲しい。
詳細はこちらから・・・「10/30~31タントラナチュラルマン」
 

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OSHOが語る「男と女」を一読をば。
******************************************:
すべての女は愛するものだし、女が愛しても、その愛はごく当り前のものだ。
それは女のマインドの一部だ。
普通、男はそんなに愛さない。
愛は普通、彼らがする行為のうちのひとつにすぎず、最も重要なものではないだろう。
ビジネスの方がもっと重要な時もある。
そういう時、彼らにとって愛はビジネスの間のレクレーションや、リラクゼーションだ。
もしどちらかを選ばなければならないとしたら、きっとビジネスの方を選ぶだろう。
愛よりも政治の方が大切な人々もいる。
金、社会的地位、道徳・・・男には愛よりも大切なものがたくさんある。
だが、女はひたすら愛する。
たくさんある中のひとつではない。男が愛するのは、一日のうちでもせいぜい数分だ。
女が愛するとき、その愛は二十四時間だ。それは自然だ。
しかし、ときに男が愛する時、どんな女も彼にはかなわない。
なぜならその時には、彼の内なる女性が爆発するからだ。
男が本当の意味で愛に走る時、彼はもはや男ではない。
そうなると、彼の内なる無意識が爆発し、彼自身を完全に乗っ取ってしまう。
瞑想者がすべきこととは何だろう?
瞑想者はその両方に気づくことだ。
そして、そのどちらについても、自己同化をやめなくてはならない。
真の探究者は自己同化を捨てなくてはならない。
自分が男でも女でもなく、観察者であることを学ぶことだ。
OSHO

2021年8月タントラトレーニング後記

8月7〜11日にタントラトレーニングが終了しました。

  

とてもとても美しかった・・・と言うと何か決まり文句のある広告のようだけど、でも「美しかった」なんだよなぁ。
 
じゃ、どんなふうに美しいのか?言葉にするのに時間を要する。
インスタントに出てくる言葉はあまり言いたくないし、だから体験しに来てくださいって言う。
 
訊かれた方も聞く方も言葉ではうまく伝わらないことてあると思う。言いたい人はうまく言おうとするけど、聞きたい人は聞きたいことだけ聞くし、なんでも言えばいいってものでもないし。
 
嘘ついて隠す嘘じゃない秘密って時に宝となるから。
だからタントラってオープンシークレットって言ったりする。
 
だからと言ってわかってもらわくていいとか意固地にもなっておらず、常に言語化は試みてる。
 
今の時代なんでもわかった風で開示してなんぼみたいな風潮があるし、コピーが多く出回るし、タントラってささやきの伝授っていわれるくらい、耳元で囁かないと聞こえないし、キチンと聞こえたとしても、それを実践できるようになるには時間もかかるし、だからお手軽に流行っているからと動画とかでさらっと言ってわかったらお安いものだけど・・・動画は僕自身苦手ってのもあるけど・・・。
 
でもこういうわけわからんワークショップが存在していたっていいじゃないかって思ってる・・・開き直りじゃなく。
 
だからいつも、タントラっていうワークはなんなんだろう?どんな仕組みがこのワークには組み込まれているのだろう?誰が仕組んでいるんだろう、とかって思ってしまう。
 
それくらい人間ってのはややこしいと同時に大変な面白さがある。
 
だからタントラは人間ワークなのだ。
 
テレビや情報が外から入って来なかった時代の人たちはきっと瞑想は自然なもので、生き方も強烈で(生死をかけざるおえないような)でも人としての営みはゆったりしていたんだろうと思う。
 
そもそも人はきっともっとゆったりしてて、個性があって、右とか左とか、障害とか、肌の色とか関係なくて、ユニークな生き物だろうに。
 
タントラってそんな”感じ”と似ている。
 
喜びとか、難しさとか、いろんなユニークを受け入れるから自分というユニークさにくつろげる。
 
現代人は思考が優先で占有されてしまったから”そこ”にもどるのは大変な作業になってしまっているけど。もともと我々が持った自然の姿がタントラで出会える気がする。
 
 
さらには、思考の言ってることなんて単なるゴミだってわかっていても、思考に頼って生きるし、思考はもう「わかってる」状態が好きだからそれが自分だと同一化する、早々に理解してしまった方が楽だから。
 
今の社会で起こっていることはいわば自分の頭の中で起こることと同じであるわけで。
 
人なんてそんなにすぐには変わらないから急がず行こう。
 
美しいという言葉は、この写真の富士山(レーニング期間中に現れた赤富士)と同様ではあるんだろうけ、タントラで起こる美しさは、質の違った美しさで、人間のユニークさと複雑さとか、いろんなものが絡み合うなかで、人間がもがく姿や、喜び笑う姿、泣く姿、それらを突破した姿、そんな姿たちが美しいって以外表現できない。

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活力とか、生命エネルギーに目覚めますなんて簡単にいうし、僕も言っちゃうけど、それらを体験する時の怖さ、震えや、難しさ、持ちきれないほどの喜び、なんてどう言葉で言えばいいのだろう?
どこにも属さない全くもって自由な存在が愛なのではなかろうかなんて思ったするし、ワークの中でちらちら垣間見れたり、掴めそうで掴めない憎いやつをどう言葉で捉えればいいのだろう?
 
それがタントラにあるかもよ?ってことは言えるけど。
 
このトレーニングも3回目になり、どんどん、深く進む速度が上がって進化している気がしている。それは場自体が成長して生き物のようなものなのかもしれない。
 
まだ続きます。
 
だけど、焦らなくていいと思う。その人なりのタイミングが参加表明というボタンを押してくれるから。
 
ダメならまた来世があるさくらいで。
 
そんな今回のタントラトレーニング後記となりました。
 
ご拝読ありがとうございました!
 
 

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